メールでもいいけど年賀状がいい理由

私が、年賀状に関して、忘れられないエピソードは、中学生から高校2年まで毎年年賀状をくれる友達のことです。
プロフィール帳を交換した際に、将来の夢がイラストレーターか、保育士と描かれてありました。
毎年、その年の干支が手書きで、描かれてありますが、どんなイラストレーターが描いた絵よりも、可愛いので届く度にじっと見る楽しみがありました。
もちろん、年賀状だけでなく、普段の美術の作品も優秀で、手紙や交換ノートに描いてくれる小さな絵も、可愛く漫画家になれるのではないかと思う程でした。
もう、その頃は、既に年賀状はパソコンで作るのが当たり前で、全て手書きが珍しくなっていました。
住所も新年の挨拶までも、一度一覧に登録さえすれば、一瞬で人数分でき上がりますが、その子はいつも全て手書きで書いてくれました。
友達が多い子だったので、作成に大変だったと思います。
ちなみに、友達の描く干支の何が上手いかというと、言葉で表現しにくいんですが、別に干支を完全に再現し細やかに色付けされてあるわけではないんです。
今でいうゆるキャラに近い感じの可愛らしさ、愛らしさがある絵で、一色のペンで描いてある感じなんです。
その頃は、ゆるキャラみたいなキャラクターはあまりなかったように思います。
私は、面倒なので、ちょっとずるいんですが、パソコンで検索した干支を、自分で真似て描いてみる感じでした。
でも、その女の子とひょんな事で喧嘩してしまい、高校卒業の年は年賀状が来ませんでした。
年賀状は、よく嫌われたりすると相手から来なくなると聞いていたので、かなりショックでした。
そして、私と友達は別々の大学に進学しましたが、その次の年にまた彼女から年賀状が来ていました。
格段にパワーアップした干支の絵に近況が添えられてありました。
もう、その友達とは年賀状のやり取りが最後になりましたが、私が思うのは、メールは読み返すことができるし、記録もできます。
しかし、それは電気の世界に置かれているような物です。
ただ、年賀状は寿命がないというか、自分が無くさない限りは紙でできた物なので、永久に保存できます。
そして、手間暇かけて、手書きで一生懸命に描いてくれた友達の年賀状は、縁が切れてしまった今でも、私の宝物なんです。
今は、友達は結婚し二児の母親で、私は独身で、話は合わないし、年賀状を交換することは余程大きなきっかけがないと、もうないと思います。
今ももし繋がりがあれば、友達の家族写真付きのパワーアップされた年賀状が見れたのになぁと思うと本当に残念です。